本記事は、栄養疫学分野の一研究者が興味を持ったテーマについて、学術論文をベースに自身の見解も交えて分かりやすく紹介することを目的としています。正確な情報発信を心がけていますが、栄養疫学はとても奥が深く、ひとりの研究者では全容を理解することが難しい側面があります。執筆者の知識不足や誤解から生じる誤りもあるかもしれません。したがって、本記事の内容だけをもとにして結論を急いだり、すぐに食べ方を変えたりすることはお勧めしません。
チョコレートは世界中で年間300万トン以上も食べられているとてもポピュラーな食品です。ぼくも好きなのでよく食べます。チョコレートはエネルギー(カロリー)が高いので太るというイメージがありますよね。ところが驚くべきことに世界では「チョコレートを食べるとやせる」という仮説にもとづいて研究が行なわれているようなのです。とても身近な食品なので、チョコレートを食べるとやせるのか、それとも太るのかは気になりますよね。
そこで今回は、チョコレートについて栄養疫学論文をもとに調べてみました。ぼくなりの結論は以下のとおりです。チョコレートと体重との関連についての研究結果は一貫していません。チョコレートを食べるとやせるということを示唆する研究もあれば、太るということを示唆する研究もあります。チョコレートと体重には関連がなかったという研究もあります。厄介なのは、これらの知見はどれもメカニズム的に説明可能であるということです。よって、一部の研究成果からそれらしいストーリーを導き出すことも可能といえます。チョコレートと体重の研究は、研究成果全体を踏まえたうえで結論を出すことの重要性をわたしたちに教えてくれるとても良い例です。
このような結論に至った科学的根拠を見ていきましょう。
目次
1. 考えられるメカニズム
チョコレートを食べるとやせる可能性があるという仮説は、チョコレートの主要成分であるカカオに含まれるフラバノール(フラバン-3-オール)類に由来します(文献1)。正確なメカニズムは不明ですが、カカオに多く含まれる有効成分(特にエピカテキン、カテキン、プロシアニジン)が以下のような経路に関与しているようです。
1)インスリン感受性を改善し、体重を減少させる
2)脂肪酸、コレステロールの生合成や脂肪生成に関わる遺伝子の発現を減少させる
3)熱産生とエネルギー消費を増加させる
4)さまざまなホルモンを介して食欲を抑制する
一方、チョコレートはエネルギーを多く含む食品です。カカオは脂質含有量が多いですし、通常チョコレートには多くの砂糖が添加されるからです。よって、チョコレートをたくさん食べるとエネルギーをたくさんとってしまうので、結果として体脂肪の蓄積につながるという仮説も十分に成り立ちます(文献2)。
これら二つが、チョコレートと肥満との関連についての主要な仮説です。このことを踏まえて実際の研究結果を見ていきましょう。研究デザインによって結果が大きく異なることがあるので、研究デザインごとに見ていきます。
2. 横断研究では負の関連
まずは横断研究の結果を見ていきましょう。横断研究とは、原因と考えられる因子(ここではチョコレート摂取)と結果と考えられる因子(ここでは肥満度)を同時に測定する研究デザインです。主な長所は、実施から結果を得るのにかかる時間が短いことです。一方で主な短所は、二つの因子に関連があるかどうかは分かっても因果関係(どちらが原因でどちらが結果か)までは明らかにできないことです。
下の図に示したのは、アメリカの代表集団約14000人におけるチョコレート摂取と肥満度(BMI)との関連です(文献3)。チョコレートを食べる人(全体の11%)は食べない人よりも肥満度が0.9小さい、という結果でした。腹囲でも同じような関連が観察され、チョコレートを食べる人は食べない人よりも腹囲が2.1㎝小さいことが分かりました。
上の図の値は調整済み平均値です。調整因子として用いられているのは年齢、性別、人種、教育歴、世帯収入、身体活動、喫煙、エネルギー摂取量、砂糖摂取量、飲酒、循環器疾患・関節炎・がんの有無、ダークチョコレート摂取の有無です。
これと同じような関連を示した横断研究はたくさんあります。というか、ほとんどすべての横断研究において、チョコレートを食べる人のほうが食べない人よりも肥満度が小さい(あるいは肥満の人が少ない)、という関連が観察されています(文献4)。このような結果はフラバノール類の肥満抑制効果を示唆するものです。よって、横断研究は「チョコレートを食べるとやせる」という仮説を支持するといえますね。
3. 前向きコホート研究では正の関連
次に、前向きコホート研究の結果を見ていきましょう。前向きコホート研究とは、原因と考えられる因子(ここではチョコレート摂取)を測定したうえで対象者を追跡し、結果と考えられる因子(ここでは肥満度の増加)の発生を待つという研究デザインです。主な長所は原因と結果の時間関係をはっきりさせやすいこと、主な短所は研究が完了するまでに長い時間がかかることです。
下の図に示したのは、45~64歳のアメリカ人約13000人におけるチョコレート摂取頻度と6年間に起きた肥満度の変化との関連です(文献5)。チョコレートを食べる頻度が多い人ほど肥満度の増加が大きい、という結果でした。
上の図の値は値は調整済み平均値です。調整因子として用いられているのは年齢、年齢の2乗、人種、性別、ベースラインの体重、ベースラインのウエスト・ヒップ比、飲酒、喫煙、教育歴、病気の有無、エネルギー摂取量、野菜摂取量、果物摂取量、脂質摂取量です。
数は少ないですが、これと同じような関連を示した前向きコホート研究はあります(文献6)。このような結果は、チョコレートによって過剰なエネルギーを摂取することにより体重の増大が引き起こされたということを示唆するものです。よって、前向きコホート研究は「チョコレートを食べると太る」という仮説を支持するといえます。
4. ランダム化比較試験では関連なし
最後に、ランダム化比較試験の結果を見ていきましょう。ランダム化比較試験とは、対象者をランダムに二つのグループに分け、一方(介入群)には原因と考えられる因子(ここではチョコレート摂取)を与え、もう一方(コントロール群)には与えずに追跡し、結果と考えられる因子(ここでは体重の変化)の発生を待つという研究デザインです。主な長所は原因と結果の関係をはっきりさせられること、主な短所は小規模かつ短期間の研究でないと実施できない場合が多いことです。
下の図に示したのは、チョコレート(もしくはココア)と肥満指標に関するランダム化比較試験のメタアナリシスの結果です(文献1)。チョコレートと肥満指標(体重、肥満度、腹囲)との間には関連が観察されませんでした。研究によって対象者の特性、チョコレート(やココア)の種類や量、コントロール群にお願いした内容、研究期間などが異なるせいでこのような結果になったのかもしれません。
上の図の値はコントロール群と比べたときの平均値の差(95%信頼区間)です。マイナスの値はコントロール群に比べて肥満指標が小さいことを、プラスの値はコントロール群に比べて肥満指標が大きいことを示します。
まとめると、ランダム化比較試験は「チョコレートを食べるとやせる」という仮説も「チョコレートを食べると太る」という仮説もどちらも支持しないといえます。
5. どの結果もそれなりの説明ができる
このようにチョコレートと肥満との関連は、横断研究、前向きコホート研究、ランダム化比較試験で大きく異なっていました。厄介なのは、それぞれの結果はどれもメカニズム的に説明可能であり、それひとつとしてはもっともらしく見えるところです。よって、一部の研究成果だけを取り出してきてそれらしいストーリーを導き出すことも可能といえます。
でも、チョコレートが肥満に与える効果が実際のところどんなものであるにせよ、ここまで異なる効果が同時に存在するとは考えにくいです。よって、これらの結果をそれぞれ個別にではなく統合して解釈することが必要になってきます。では、これらの結果をどう解釈すればよいのでしょうか?
ここで研究デザインが大切になってきます。まずは横断研究を考えてみましょう。横断研究で常に注意しないといけないのは「因果の逆転」です。もしも肥満度の高い人が「チョコレートは肥満の原因になる」と考えていたら、肥満度の高い人はそうでない人よりもチョコレートを食べないようにしているかもしれません。こうなると関連の方向が「チョコレート→肥満」ではなくて「肥満→チョコレート」というふうになってしまいます(文献4)。
もうひとつ注意しないといけないのは「肥満度の高い人の食事のデータの信頼度は肥満度の低い人に比べて低い」ということです。もしも肥満度の高い人が「チョコレートは肥満の原因になる不健康な食品だ」と考えていたら、肥満度の高い人はそうでない人よりもチョコレートの摂取量を少なめに申告するかもしれません(文献4)。
このようなことが横断研究で起これば「チョコレートを食べている人ほど肥満度が小さい」という関連が得られることになります。そしてこれは、チョコレートの肥満抑制効果の表れかもしれない一方で、因果の逆転あるいは肥満者によるチョコレート摂取量の過小申告のせいかもしれない、といえます(文献4)。
一方、前向きコホート研究は横断研究に比べて、因果の逆転の影響も肥満者によるチョコレート摂取量の過小申告の影響も受けにくいです。そのため、前向きコホート研究のほうが横断研究よりも強力な研究デザインといえます。
前向きコホート研究よりも強力な研究デザインだと一般に考えられているのがランダム化比較試験ですが、栄養学研究の場合にはそのような単純な理解は危険かもしれません。まず、食品を食べるように介入するのは薬剤に比べて難しいです。一般に、ある食品を食べるようにお願いしたらほかの食品の食べ方も変わりますし、また、研究者が意図するように食べ続けてもらえることはまれです。さらに、研究の規模は小さくなりがちで、期間も短くなりがちです。上で紹介したランダム化比較試験のメタアナリシスの対象者数(約1400人)は、同じく上で紹介した前向きコホート研究の1/10ですし、研究期間(最長で18週間)にいたっては1/20程度です。よって、常にランダム化比較試験の結果を最良のエビデンスとみなすわけにはいかないことが多いのです。基本的には前向きコホート研究の結果とランダム化比較試験の結果をバランスよく解釈して慎重に結論を出すのが重要だといえます。
いずれにしても、チョコレートと体重の研究は、研究成果全体を踏まえたうえで結論を出すことの重要性を示すとても良い例でしょう。
まとめ
チョコレートに関する栄養疫学研究をまとめてみて、ぼくなりにたどり着いた結論はこうです。チョコレートと体重との関連についての研究結果は一貫していません。チョコレートを食べるとやせるということを示唆する研究もあれば、太るということを示唆する研究もあります。チョコレートと体重には関連がなかったという研究もあります。厄介なのは、これらの知見はどれもメカニズム的に説明可能であるということです。よって、一部の研究成果からそれらしいストーリーを導き出すことも可能といえます。チョコレートと体重の研究は、研究成果全体を踏まえたうえで結論を出すことの重要性をわたしたちに教えてくれるとても良い例です。チョコレートを食べるとやせると結論付けるのは無理そうですね。
以上、現役の人間栄養学者・村上健太郎が『チョコレートを食べるとやせる? それとも太る? 人間栄養学者が栄養疫学論文に基づいて考えてみました』についてお届けしました。最後まで読んでくださりどうもありがとうございました。もっと栄養疫学を知りたい方は、ぜひ下の引用文献を辿っていってその奥深さを体験してください。
文献(PubMedへのリンクあり)
- Kord-Varkaneh H, Ghaedi E, Nazary-Vanani A, Mohammadi H, Shab-Bidar S. Does cocoa/dark chocolate supplementation have favorable effect on body weight, body mass index and waist circumference? A systematic review, meta-analysis and dose-response of randomized clinical trials. Crit Rev Food Sci Nutr 2019;59:2349-62.
- Morze J, Schwedhelm C, Bencic A, Hoffmann G, Boeing H, Przybylowicz K, Schwingshackl L. Chocolate and risk of chronic disease: a systematic review and dose-response meta-analysis. Eur J Nutr 2020;59:389-97.
- Smith L, Grabovac I, Jackson SE, Veronese N, Shang C, Lopez-Sanchez GF, Schuch FB, Koyanagi A, Jacob L, Soysal P, Yang L, Zhu X. Chocolate consumption and indicators of adiposity in US adults. Am J Med 2020;133:1082-7.
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- Greenberg JA, Buijsse B. Habitual chocolate consumption may increase body weight in a dose-response manner. PLoS One 2013;8:e70271.
- Greenberg JA, Manson JE, Buijsse B, Wang L, Allison MA, Neuhouser ML, Tinker L, Waring ME, Isasi CR, Martin LW, Thomson CA. Chocolate-candy consumption and 3-year weight gain among postmenopausal U.S. women. Obesity 2015;23:677-83.
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